富山地方裁判所 平成8年(行ウ)1号 判決 1997年4月16日
原告
塩崎作太郎
外八名
右原告ら訴訟代理人弁護士
山本直俊
同
青島明生
同
金川治人
同
今村元
同
山本賢治
被告
横河電機株式会社
右代表者代表取締役
美川英二
右訴訟代理人弁護士
小木曽茂
同
田中克幸
被告
株式会社日立製作所
右代表者代表取締役
金井務
右訴訟代理人弁護士
古曳正夫
同
田淵智久
同
今村誠
同
清水真
同
緒方延泰
被告
富士電機株式会社
右代表者代表取締役
中里良彦
右訴訟代理人弁護士
成毛由和
同
成田茂
同
狐塚鉄世
同
戸谷博史
被告
山武ハネウエル株式会社
右代表者代表取締役
井戸一朗
右訴訟代理人弁護士
田中克郎
同
遠山友寛
同
行方國雄
同
石原修
同
千葉尚路
同
森﨑博之
同
中村勝彦
同
升本喜郎
同
長坂省
同
赤澤義文
同
五十嵐敦
右石原修訴訟復代理人弁護士
高原達広
被告
株式会社島津製作所
右代表者代表取締役
藤原菊男
右訴訟代理人弁護士
石田英遠
同
藤田直介
同
日下部真治
(以下、被告を表示する際には、「株式会社」の記載は省略する。)
主文
一 本件訴えをいずれも却下する。
二 訴訟費用は、原告らの負担とする。
事実及び理由
第一 原告らの請求(平成八年七月一二日付原告ら準備書面で訂正後の請求の趣旨)
被告らは、連帯して富山県に対し、金一億二六八九万六〇〇〇円及びこれに対する被告富士電機は平成八年三月二日から、その余の被告は同月四日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(訂正前の請求の趣旨)
被告らは、連帯して富山県企業局に対し、金一億二六八九万六〇〇〇円及びこれに対する被告富士電機は平成八年三月二日から、その余の被告は同月四日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
被告横河電機は、富山県から指名競争入札により和田川及び子撫川の水道管理所の監視制御装置更新工事(以下、和田川の工事を「本件工事①」、子撫川の工事を「本件工事②」といい、両者を併せて「本件各工事」といい、本件工事①に係る契約を「本件契約①」と、本件工事②に係る契約を「本件契約②」といい、両者を併せて「本件各契約」という。)を受注した。本件は、原告らが、被告横河電機の右受注は、被告らの談合の結果であり、談合がなければ形成されたであろう価格と落札価格との差額相当額の損害を富山県が被っているから、富山県は被告らに対し右損害に係る賠償請求権を有しているところ、富山県はこの損害賠償請求権の行使を違法に怠っていると主張して、地方自治法(以下「法」という。)二四二条の二第一項四号に基づき、怠る事実に係る相手方である被告らに対し、富山県に代位して損害賠償請求した住民訴訟である。
一 原告らの請求の原因の要旨
1 富山県企業局管理者は、指名競争入札の方法により、平成三年五月二一日に本件工事①を契約金額三億五四三二万円で、平成五年六月三〇日に本件工事②を契約金額二億二二四八万円で、いずれも被告横河電機に発注した。
富山県企業局管理者は、右工事代金を、被告横河電機に既に支払った。
2 被告らは、遅くとも平成元年一月以降、地方公共団体が指名競争入札の方法により発注する特定計装設備工事について、受注価格の低落防止を図るため、次の合意の下に、共同して受注予定者を決定し、受注予定者が受注できるようにしていた。
(一) 被告らの部長級又は課長級の者が出席する「山手会」と称する会合を原則として毎週水曜日に開催し、右会合において、入札の指名を受けた工事を報告するとともに、ある工事(以下「当該工事」という。)について受注希望の有無を表明する。
(二) 当該工事について受注を希望する者(以下「受注希望者」という。)が一名の場合は、その者を受注すべき者(以下「受注予定者」という。)とし、受注希望者が複数存在した場合は、当該工事に関し、発注者等に対する営業活動の程度又は過去の工事実績を勘案して、受注希望者の間に話し合いにより受注予定者を決定する。
(三) 受注予定者以外の相指名業者は、受注予定者の入札価格よりも高い価格で入札することにより、受注予定者が受注できるように協力する。
(四)(1) 被告らの取引先の代理店が入札の指名を受けた場合には、予め、当該工事に関し、右代理店から発注などに対する営業活動の程度を報告させるとともに、右代理店が入札する価格について、右代理店の取引元である被告の承認の下に入札させる。
(2) 右代理店が指名を受けた場合には、被告五社のうち、右代理店に対しデジタル計装制御システムなどを供給する者が指名を受けたものとして、右(一)ないし(三)の方法により受注予定者が受注できるようにする。
3 右合意に基づく談合(以下「本件談合」という。)は、公正取引委員会が審査を開始した後の平成六年三月二五日頃まで継続された。
4 公正取引委員会は、特定計装設備工事に関し違反行為の終期である平成六年三月二五日から遡る三年間(平成三年三月二六日まで)の本件各工事を含む工事について、被告らによる独占禁止法三条違反行為(不当な取引制限)が行われたとして、平成七年八月八日、被告島津製作所を除く被告四社に対して課徴金納付命令を発し、右被告四社は、次のとおり課徴金を納付した。
横河電機 二億〇六八六万円
日立製作所 二億一六七九万円
富士電機 九七二九万円
山武ハネウエル 二三八五万円
5 被告横河電機は、本件談合に基づき、本件工事を受注した。したがって、被告らは、本件工事において不当な取引制限をした事業者であるから、独占禁止法二五条に基づき、被害者である富山県に対し、無過失損害賠償責任を負い、かつ不法行為を構成する談合を行ったものであるから民法七一九条の規定に従い連帯して富山県に対して、後記の損害を支払うべき義務を負っている。
6 仮に、被告らによる不法行為である談合がなく、受注業者間に公正な競争が確保されて入札が行われていたならば、本件各工事の落札価格(契約価格)は、いずれも少なくとも二〇パーセント以上は低くなっていたはずである。したがって、被告らは、談合という共同不法行為を行うことで契約金額を不当につり上げることにより、工事発注者である富山県に対して、富山県が現実に支払った契約金額五億七六八〇万円の二〇パーセントに相当する一億一五三六万円の損害を与えた。なお、一般に建設工事において談合が行われた場合の入札価格が適正な価格の二割ないし三割増となることは、公知の事実というべきであり、このことは、本件各工事のような電機設備工事の場合も同様である。
さらに、富山県は、本件訴訟により被告らから右損害の填補を受けた場合には、原告ら訴訟代理人らに対して報酬を支払う義務を負担しているところ、この弁護士報酬の額は、右損害の一〇パーセントである一一五三万六〇〇〇円が相当である。
よって、富山県は、被告らに対して一億二六九八万六〇〇〇円の損害賠償請求権を有している。
7 原告らは、平成七年一一月二七日に富山県監査委員に対して、本件談合による不当な取引制限及び不法行為により富山県が被った損害の填補を被告らに請求する旨富山県企業局管理者に勧告することを求めて監査請求を行った(以下「本件監査請求」という。)が、右監査委員は、平成八年一月二三日、右監査請求を却下した。
二 本案前の抗弁に関する当事者の主張
1 請求の趣旨の訂正について
(一) 原告らの主張
原告らは、あくまで本件各契約代金を負担し、談合により過分な負担をしたことにより損害を被った法的主体の表示として「富山県企業局」としたものであり、法的主体である「富山県」の表示を「富山県企業局」と誤ったにすぎないものである。そして「富山県企業局」は、富山県の組織の一部にすぎず、法人格的には富山県と同一であるから、この表示が「富山県」を表すものであることは直ちに理解できる。したがって、原告ら申立ての訂正は、呼称の変更にすぎない。
また、被代位者は、当事者ではないから、当事者の確定の問題として捉える必要はない。
(二) 被告横河電機の主張
右訂正に異議はない。
(三) その余の被告の主張
本件訴訟は、損害賠償代位訴訟であるから、その判決の効力は、被代位者に当然に及ぶものであり、被代位者が誰であるかは、いわゆる当事者の確定の問題に準じるというべきである。なお、原告らは、監査請求段階から一貫して「富山県企業局」の損害を問題としてきており、単なる誤記とは到底言えないものである。
そして、原告らの当初の請求によると、被代位者は地方公共団体でないため、原告らが他人の債権を訴求する法的根拠を欠き、原告らに当事者適格を認めることはできない。したがって、当初の訴えは不適法であり、却下されるべきである。
また、原告の申し立てた「訴状の訂正」は、訴えの変更に当たるものである。そして、訴えの変更につき出訴期間の制限がある場合には、訴えの変更の申立てが出訴期間内になされることが必要である。ところで、原告らは、平成八年七月一二日付準備書面で、訴えの変更を申し立てている。しかし、富山県監査委員が原告らの監査請求に対し却下決定を行ったのは平成八年一月二三日であり、右決定はその後直ちに原告らに通知されているはずであるから、右訴えの変更申立ての時には、既に法二四二条の二第二項一号の定める出訴期間を徒過したのは明らかである。よって原告らの訴えは出訴期間を徒過したものであり、却下を免れない。
2 監査請求期間の徒過について
(一) 被告らの主張
(1) 法二四二条二項の適用について
原告らは、被告らの本件談合を不法行為と主張し、富山県がこの不法行為に基づく損害賠償請求を違法に怠ると法律構成して監査請求をしてはいるが、談合のなされたことにより直ちに富山県に損害の発生するわけではなく、本件談合に基づき、本件各契約が締結されたことにより初めて不当な支出がされ、その結果損害の有無が問題となるから、その実質は、違法な本件各契約に基づく違法な財務状態の是正を求めているに他ならない。したがって、本件監査請求は、実質的には本件各契約の違法を主張していながら、監査請求期間の制限を回避するために法律構成を変えて、怠る事実についての監査請求としたものというべきである。よって、本件監査請求は、財務会計上の行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって、財産の管理を怠る事実として主張しているのであり、法二四二条二項は適用される。
また、原告らの主張によれば、談合は違法であるから、これに続く本件各工事の入札もその違法を承継することになる。そして、この場合の違法性の有無の判断は、「目的達成のため必要かつ最小限度」(地方財政法四条一項)を越えた工事代金となっているかの点に求められ、富山県知事や富山県の担当職員の談合の有無についての知、不知は問われない。よって、本件談合を不法行為とする原告らの主張によっても、本件談合に続く本件契約の締結は、富山県の財務会計行為にならざるを得ない。
加えて、「怠る事実に係る相手方」に対する請求であっても、本件の場合には本件契約の締結という特定の財務会計上の行為の適法性が監査の対象となり、この点に判断を加えざるを得ず、行政法律関係の安定を害することになる。
したがって、本件においても、法二四二条は適用され、本件工事①は平成三年五月二一日に、本件工事②は平成五年六月三〇日にそれぞれ締結されたものであるところ、原告らの監査請求は、平成七年一一月二七日に申し立てられており、いずれも当該行為から一年以上経過後になされたものとなり、監査請求期間を徒過したものである。
(2) 正当な理由(法二四二条二項ただし書)の具備について
正当な理由の有無は、特段の事情のない限り、客観的に見て地方公共団体の住民が相当の注意力をもって当該行為を知ることができたかどうか、また、当該行為を知ることができたと解されるときから相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきであり、右相当期間とは、一か月程度である。
本件各工事に関しては、まず、平成六年三月二六日付朝日新聞富山版(なお、原告らは、本件監査請求において、この記事を添付している。)において、上下水道システムの入札を巡って、談合の有無に関して被告らの本支店に立入検査が行われたことが報道されている。さらに、平成七年八月九日付日本経済新聞等の全国紙に加え、同日付の北日本新聞においても、公正取引委員会は、被告らに対し、上水道計装設備工事を巡り課徴金納付命令を発したこと及び富山県内における課徴金納付命令の対象行為は本件各工事であることが報道されている。加えて本件各工事に係る入札の結果は、それぞれ平成三年五月二二日付及び平成五年七月二日付の建設工業新聞に掲載され、富山県が保存する各工事についての落札結果一覧にも掲載されている。
よって原告らは、本件各契約の締結を、遅くとも平成七年八月九日付北日本新聞等の報道により知ることができたのであり、したがって、本件監査請求は、右報道から起算しても、相当期間である一か月を経過した後になされたものであり、原告らの監査請求の期間徒過につき、正当な理由が認められないことは明らかである。
(二) 原告らの主張
(1) 法二四二条二項の適用の可否について
原告らの請求は、本件談合により富山県が被った損害につき、富山県が被告らに対する損害賠償請求を怠っていることから、原告らが富山県に代位して、「怠る事実に係る相手方」である被告らに対して、不法行為に基づく損害賠償請求権を行使するものである。そして、法二四二条二項の趣旨は、地方行政の法的な安定性の確保を目的とするものであって、不法行為により地方公共団体に損害を与えた者を保護する趣旨ではないところ、本件においては、原告らは、本件契約締結につき富山県に違法な点があるとは何ら主張しておらず、富山県関係者でない企業である被告らに対して不法行為に基づく損害賠償を請求しているのであり、原告らの請求を認めることは何ら地方行政の法的安定性を害するものではない。そもそも、地方公共団体自身が、損害賠償や不当利得の請求をする場合には、民法等の規律しかないのに、この地方公共団体を代位して請求することを本質とする住民訴訟において、法二四二条二項のような制限をし、不法行為者、不当利得者である相手方に通常以上の保護を与える理由は全くない。したがって、原告らの請求は、損害賠償請求権を行使しないという財産管理を怠る事実に係る請求であり、このような請求については、法二四二条二項の適用はない。
なお、「財産管理を怠る事実を問題とする場合であっても、それが、特定の財務会計上の行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権であるときには、監査請求は、右財務会計上の行為のなされた時点から一年以内になされなければならない。」とする最高裁判例(昭和六二年二月二〇日判決、民集四一巻一号一二二頁)があるが、本件は、本件各契約以前になされた本件談合が違法であることに基づいて発生する損害賠償請求権に関するものであり、請負契約という財務会計上の行為自体が違法、無効であることに基づき発生する損害賠償請求権に関するものではなく、更に本件では、富山県が被告らの本件談合という不法行為により適正価格よりも高額の契約代金を負担させられたので適正価格との差額を損害として談合企業に対して請求することを求めたものであり、右最高裁判例のように「当該普通地方公共団体の長その他の財務会計職員の特定の財務会計上の行為を違法である」とはしていないし、「当該行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実としているもの」でもないから、右最高裁判例とは事案を異にする。
具体的妥当性を検討しても、本件のような事例に、前記最高裁判例が妥当するとすれば、本件のように発注者である富山県企業局に対して秘密裏に談合が行われ、請負契約締結後一年以上経過した後に初めて談合が明らかになったような場合、損害を被った富山県は、それまで被告らに対する損害賠償請求の機会が全くなかったのであり、したがって、住民にも監査請求の機会がまったくなかったにも関わらず、監査請求期間が徒過してしまうという不合理なことになり、秘密裏に行われた談合に対しては監査請求及び住民訴訟ができなくなってしまうという社会的に容認できない事態の発生を許すことになる。
本件訴訟において、原告らは、権利行使を怠る事実の違法を主張しており、地方公共団体の違法な財務会計上の行為の是正を求めているものではない。したがって、富山県が被告らに対して損害賠償請求権の行使を怠っていることを原告ら住民が認識するためには、談合の事実に加え、富山県がこれに対して損害賠償請求権を行使するために必要な事実の調査、資料の収集及び法的に請求可能であるか否かを判断するための検討を行うに足りる相当期間を経過し、それでも富山県が損害賠償請求権を行使しないことが必要である。このように、右の検討期間中は「怠っている」とはいえず、この期間が経過して初めて怠る事実が発生するのであり、その後相当期間内に監査請求を提起すれば、正当な理由は存するといえる。したがって、本件においては、原告らは、相当期間内に監査請求を行ったものである。
また、仮に本件に前記最高裁判例の適用があるとしても、最高裁判所第三小法廷平成九年一月二八日判決は、「財務会計上の行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産管理を怠る事実とする住民監査請求において、右請求権が右財務会計上の行為のされた時点においては未だ発生しておらず、又はこれを行使することができない場合には、右実体法上の請求権が発生し、これを行使することができることになった日を基準として同条項(法二四二条二項)の規定を適用すべきものと解するのが相当である。」としており、これを本件においてみれば、富山県は、公正取引委員会の発表があるまでは被告らの談合を知り得なかったのであるから、それまでは被告らに対して損害賠償請求権を行使することはできず、これが行使できることになったのは、公正取引委員会が被告らに対して課徴金納付命令を出したことが公表された日、すなわち平成七年八月八日である。原告らが住民監査請求を提起したのは、この日から一年以内である同年一一月二七日であるから、監査請求期間を徒過していない。
(2) 正当な理由の具備について
仮に、本件監査請求に期間制限の規定が適用されるとしても、原告らは、期間徒過につき、以下のような正当事由がある。
① 公正取引委員会において談合認定された工事は、全国の全ての都道府県に存在するわけではなく、一四都県にあるにすぎない。そして右工事に富山県内の工事が含まれていることを明らかにする報道は、原告らが監査請求をするまではなかった。平成七年八月の新聞報道でも、富山県内の工事が含まれていることは明らかになっておらず(なお、原告らは、そのころの北日本新聞の報道を認識していなかった。)、富山県民の一部である市民オンブズ富山のメンバーが知ったのは、本件監査請求を行う直前である。したがって、富山県民が、違法不当な財務会計上の行為の存在について疑いを持つことができたのは、原告らが住民監査請求を行う直前であった。
なお、原告らは、本件監査請求の際に証拠として提出した平成六年三月二六日付朝日新聞の記事を同年一一月一五日頃入手したものであり、右新聞の日付頃知ったわけではない。
② 原告らは、平成七年一一月四日に結成された市民オンブズ富山のメンバーであり、この団体の活動の一環として住民監査請求とこれに続く本件訴えを提起した。そして、住民監査請求を合理性あらしめるためには、談合工事の入札状況、契約金額等についての調査の必要があったところ、このためには、右団体の結成を待つ必要があった。
③ 富山県は、保守的であり、地縁血縁関係が強く、県庁内や取引業者に親族等がいることも多い。このような事情の下では、富山県民は、情報公開請求をすること自体がはばかられる雰囲気のなかにあり、それなりに資料も収集し、将来の住民訴訟にも耐えうるか検討した上でないと監査請求には踏み切れない。
3 違法に怠る事実の有無について
(一) 被告らの主張
怠る事実は、その裁量権の範囲を逸脱し、又は濫用した場合に違法となるものである。そして、不法行為に基づく損害賠償請求権について言えば、当該行為の違法性が誰の目にも明らかであり、損害賠償請求権の存在に疑いがなく、これを行使しない合理的な理由が何らないような場合であれば格別、行為の違法性の判断のために詳細な事実上及び法律上の検討を要し、その終局的な判断について見解が分かれるような場合には、地方公共団体がその人的、物的資源を投入して請求権の実現を図るべきか否かは、その裁量に委ねられている範囲が広いものである。本件では、原告らの主張する損害賠償請求権は存在していないか、少なくとも富山県にとっては、この損害賠償請求権が存在していると判断することは困難を極め、事実上及び法律上の調査を含めてその行使に踏み切るべきか否かは、その裁量権の範囲に含まれているものである。
まず、単に本件談合により富山県に損害が生じたという原告らの主張は、不法行為の主張としては不十分であり、主張自体失当である。また、右主張で不法行為の主張として十分であるとしても、本件各工事の指名競争入札においては、被告島津製作所を除く被告四社の他に、三社が入札に参加していたから、仮に原告らの主張する談合が存在していたとしても、それは最低入札価格を決定できるものではないので、被告らのみで契約価格を不当に引き上げることは理論的に不可能である。よって、少なくとも被告らの行為と原告らの主張する損害との間に因果関係はなく、本件においては、富山県に被告らに対する損害賠償請求権が理論上発生し得ないことは明らかである。
また、仮に右損害賠償請求権が発生したとしても、原告らの主張する談合がなければ形成されたであろう価格を確定することは不可能であるから、本件において、損害の認定は不可能である。よって、このような性質の事柄については、仮に富山県が原告らの主張する損害賠償請求権を行使しなかったとしても、違法に怠る事実に該当しないというべきである。加えて、本件契約の契約価格は富山県の算出した予定価格の範囲内に留まっていたと推認されるところ、富山県としては、右契約金額で契約を締結したのは正当な措置であり、原告らの主張する損害賠償請求など考えられないものである。
以上によれば、仮に富山県に損害賠償請求権が発生し得たとしても、これを行使しないことが富山県の裁量権の範囲内にあることは明らかである。
(二) 被告島津製作所の主張
被告島津製作所は、公正取引委員会による課徴金納付命令も受けていない。そして、被告島津製作所は、そもそも本件各工事の指名競争入札において、入札業者としての指名すら受けていないから、本件各工事についての原告ら主張の談合に参加することは不可能である。したがって、富山県が被告島津製作所に対して、損害賠償請求権を行使しないことが合理的であることは明白であり、富山県が被告島津製作所に損害賠償請求権を行使しないことが違法でないことは明らかである。
(三) 原告らの主張
行政機関は、一般に財産管理について一定の裁量を有しているが、地方公共団体の有する不法行為に基づく損害賠償請求権は、法二四〇条一項にいう地方公共団体の債権に当たるから、地方公共団体の長は、この債権を行使すべき義務を負っているのであり、行使するか否かの裁量権を有していない。したがって、地方公共団体の長が地方公共団体の有する損害賠償請求権を行使しないときは、違法に財産の管理を怠る事実があるといえる。本件においては、談合が存在したとすると、談合により本件工事の契約金額がどの程度引き上げられ、富山県にいくらの損害が生じたのかを裁判所が認定判断する必要があり、この認定判断の結果、富山県に損害賠償請求権が認められる限り、富山県の右請求権の不行使(財産管理を怠る事実)は違法なのであり、原告らの本件請求は、裁判所が判断した限度で認容されるべきことになる。
被告らの、損害賠償請求権の存在自体が理論上認められないとか、その存在及び金額の立証が極めて困難であるとの主張は本案審理に係るものであり、訴訟要件として判断することはできず、右主張は失当である。
また、被告らは、被告らの他に三社が本件工事に係る入札に参加しているので談合と損害との間に因果関係はないと主張するけれども、右三社も消極的にであれ、本件談合に協力していたのであり、仮に協力していなかったとしても、本件談合に参加した被告横河電機が本件工事を落札した以上、結果的には本件工事の入札は被告らによる本件談合の影響を受けていたものであり、これにより富山県は損害を被ったものであるから、右主張は失当である。
(四) 被告島津製作所の主張に対する原告らの反論
被告島津製作所は、公正取引委員会の本件談合に関する課徴金納付命令手続においては、違反行為者として認定されながら、実行期間内に対象役務の受注実績がないことから、右命令の対象とされなかったにすぎない。
また、被告島津製作所は、本件各工事の指名競争入札に参加していないが、右指名競争入札は、被告らの行っていた全国規模の長期にわたる継続的な談合行為の一構成部分であり、このような不法行為である談合に参画していた以上、全体としての共同不法行為に参画していたものとして本件における責任は免れない。
第三 証拠
本件記録中の、書証目録記載のとおりであるからこれを引用する。
第四 本案前の抗弁に関する当裁判所の判断
一 監査請求期間の徒過について
1 一般に、財務会計上の行為が違法、無効であることに基づき発生する実体法上の請求権の行使を違法に怠る事実に係る監査請求については、右財務会計上の行為のあった日又は終わった日を基準として、法二四二条一項の規定を適用すべきである(最高裁昭和六二年二月二〇日第二小法廷判決・民集四一巻一号一二二頁)。
原告らは、本件談合が富山県に対する不法行為に当たると主張している。しかし、談合自体は地方公共団体とは何ら関係なく業者間で行われるものであり、談合が行われたことのみによって、地方公共団体に損害が発生し、地方公共団体が不法行為による損害賠償請求権を取得するわけではない。談合に基づき不正な入札価格が形成され、この価額で落札されてその落札した業者が入札に係る工事を受注することにより、地方公共団体にその契約に係る代金支払義務が生じるのであるから、右受注により初めてその地方公共団体に損害が発生するものであると解するのが相当である。そして、この落札者である業者と地方公共団体との間の契約締結は、地方公共団体の財務会計行為に他ならない。そして、右契約締結は、入札を前提としているが、談合に基づき行われた入札は違法という他なく、したがって、右契約締結も違法、無効と解するのが相当である。そうすると、本件における原告らの監査請求は、財務会計上の行為が違法、無効であることに基づき発生する実体法上の請求権の行使を怠る事実に係るものであるから、法二四二条二項(期間制限)の規定が適用されるというべきである。
そして、期間制限の起算点は、財務会計行為である本件各契約の契約締結時点と解するのが相当である。したがって、本件契約①は平成三年五月二一日に、本件契約②は平成五年六月三〇日にそれぞれ締結されているから、本件訴訟提起に先立ち原告らが富山県監査委員に対して監査請求を行った平成七年一一月二七日までには、法二四二条二項本文に規定する一年の監査請求期間を既に経過したことになる。
2 以上に対し、原告らは、本件においては、前記最高裁判例のいう「当該普通地方公共団体の長その他の財務会計職員の特定の財務会計上の行為」の違法を問題とはしてないから、本件と前記最高裁判例とは事案を異にすると主張する。
しかしながら、原告らの本件監査請求は、前記のとおり財務会計行為に係るものと目すべきものである。そして、財務会計行為の違法性は、住民訴訟の地方財政の健全化を図る目的に鑑み客観的に判断すべきであるところ、本件における原告らの主張を前提とすれば、本件談合は違法であり、したがって、富山県が、この違法な談合に基づき本件各工事を落札した被告横河電機との間で本件各契約を締結した行為(財務会計行為)も違法ということになる。よって、富山県における契約締結の担当者が本件談合を知っていたか否かに関わらず、本件各契約の締結は客観的に違法というべきであるから、本件監査請求は、財務会計職員の特定の財務会計上の行為の違法を問題としていることに帰するものというべきである。
また、原告らは、本件監査請求では「当該行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実をしているもの」とは構成していないと主張するが、この主張が採用できないことは右に判示したとおりである。
更に、原告らは、最高裁判所第三小法廷平成九年一月二八日判決(裁判所時報一一八九号二頁)を引用して、富山県は、公正取引委員会の被告島津製作所を除く被告らに対する課徴金納付命令の発表があるまでは、被告らの談合を知り得なかったのであるから、右発表のあった平成七年八月八日までは被告らに対する損害賠償請求権を行使することができないことを理由に、法二四二条二項の期間制限の起算点を右発表の日であると主張する。しかし、財務会計行為の適法性は客観的に判断すべきであるから、右最高裁判例にいう「(財務会計上の行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の)請求権が財務会計上の行為のされた時点においては未だ発生しておらず、又はこれを行使することができない場合」とは、地方公共団体の知・不知に関わらず、法律上、右請求権が発生していない場合、又は、これを行使するにつき法律上の障害若しくはこれと同視し得るような客観的障害のある場合と解するのが相当である。本件においては、原告の主張を前提とすれば、本件各契約が締結された時点で不法行為は成立し、その時から被告らに対する損害賠償請求権を行使することができたことが明らかであり、その行使につき、法律上の障害となる事由若しくはこれと同視するような客観的事由が存在するとの主張立証は何もないのであるから、原告らの主張は採用できない。
よって、原告らの主張はいずれも理由がない。
3 正当な理由の具備について
法二四二条二項本文が、住民において当該行為があったことを知っていたか否かを問わず、一年という短期間で監査請求ができなくなると定めた趣旨は、早期に財務会計上の行為の法的安定を図ろうとしたものと解される。そうすると、同条項ただし書にいう「正当な理由」も右趣旨に則り解するべきであり、「正当な理由」は、特段の事情のない限り、普通地方公共団体の住民が、相当の注意力を持って調査したときに客観的にみて当該行為を知ることができたかどうか、また、当該行為を知ることができたと解されるときから相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきである。
これを本件について検討する。
(一) 本件談合に関する報道の状況は次のとおりであると認められる。
平成六年三月二六日付朝日新聞では、各地の自治体が発注する上下水道の処理システムについて被告らによる談合の疑惑により、公正取引委員会が被告らに立入り調査を行った旨が記載されているが、富山県において立入り調査が行われたこと及び調査対象となった工事に本件各工事が含まれていることは記載されていない(乙E一)。
平成七年七月一八日付日本経済新聞でも、右趣旨の報道がなされ(甲五、弁論の全趣旨)、更に同年八月九日付の北日本新聞では、公正取引委員会が、被告島津を除く被告らに対し、上水道計装設備工事を巡り課徴金納付命令を出したこと及び富山県内における課徴金納付命令の対象行為は本件各工事であることが記載されている(乙A五)。
また、本件各工事に係る入札の結果は、それぞれ平成三年五月二二日付及び平成五年七月二日付の建設工業新聞に掲載され、これは、富山県が保存する各工事についての落札結果一覧にも報道された(乙A一ないし四)。
(二) 以上の報道の経過及び北日本新聞が富山県において多くの家庭で購読されている事実(公知の事実)に照らすと、原告ら住民が相当の注意力をもって調査すれば、遅くとも平成七年八月九日には、客観的に見て、本件談合に基づき本件各契約が締結されたことにつき合理的疑いを持つことができたと判断するのが相当である。
原告らは、前記北日本新聞の報道を認識していなかったと主張するが、前記判示に照らし、原告らがこれらの報道を現実に認識していたか否かは、判断要素とならないと解するべきであるので、右主張は失当である。
(三) 次に、原告らが、右時点から相当期間内に本件監査請求をしたと評価できるかにつき判断する。
住民監査請求をなすには、対象となる財務会計行為を特定する必要があるが、右(一)に判示したとおり、新聞報道で本件各契約が特定して記載されており、しかも、本件監査請求では、前記北日本新聞の記事が「証する書面」として添付されなかったにも関わらず(証する書面として添付された最も新しい新聞記事は、平成七年七月一八日付前記日本経済新聞の記事である。)、本件各工事を監査対象として特定できていたことからすれば(甲四、五)、右七月一八日以降は、原告ら住民にとり、これを特定することが困難であったとは認められない。
また、法二四二条一項は、住民監査請求の際には「証する書面」の添付が必要と規定しているが、この趣旨は事実に基づかない単なる憶測や主観だけで監査を求めることの弊害を防止するとともに監査請求書と相俟って監査委員の監査の指針となるべき資料を提供させるところにある。そして、右書面は、特別な形式を要求されておらず、それが事実の証明にどの程度役立つかどうかの吟味も不要であると解されている。また同条五項により、監査請求人は、請求後も監査委員に対して証拠の提出及び意見陳述をする機会が保障されているので、監査請求前に全ての証拠を収集しておく必要はない。
したがって、監査請求に慎重を期し、あるいは監査請求後の住民訴訟の提起を考慮に入れて、住民監査請求前にある程度の事実関係の調査や証拠の収集をする必要があることを考慮しても、相当期間としては長くとも三か月を越えることはないというべきである。そうすると、原告らが本件監査請求を行った平成七年一一月二七日は、前記八月九日から三か月以上経過しているから、本件監査請求は相当期間内になされたものとは認められない。
(四) 原告らの主張する正当な理由を基礎づける事実は、いずれも原告らにとって主観的な事柄であり、先に判示したとおり正当な理由は客観的に判断すべきことに照らし、いずれも正当な理由の内容とはなり得ないというべきである。
(五) よって、本件においては、原告らが監査請求期間を徒過したことにつき、正当な理由があったとは認められない。
4 したがって、本件各訴えは、いずれも適法な監査請求を経たものとは認められない。
二 以上の次第で、原告らの本件各訴えは、その余の点を判断するまでもなく不適法であるから却下する。
(裁判官堀内満 裁判官鳥居俊一 裁判長裁判官渡辺修明は転補のため署名捺印できない。 裁判官堀内満)